ジョルダン標準形の簡便な求め方と変換行列








ジョルダン標準形の簡便な求め方と変換行列



ジョルダン標準形の簡便な求め方と変換行列

佐久間 正樹

本記事では,ジョルダン標準形を具体的に求める方法の一般論について述べる.とくに,変換行列(generalized modal matrix)の性質を用いたジョルダン標準形における特定の大きさのジョルダン細胞の個数を求める公式の証明と,行列のサイズが小さい場合に最小多項式を利用して効率的にジョルダン標準形を決定する方法を考察する.

ここで扱うのはジョルダン標準形の存在を前提とした計算方法であり,線形代数の教科書でよく扱われるジョルダン標準形の存在証明とはまた別の話題である.

1 Generalized modal matrix

対角不可能な行列のジョルダン標準形を考える際には,固有ベクトルを一般化した広義固有ベクトル(一般固有ベクトル)という概念が必要になる.

Definition 1. \(1\leq m\leq n\)とし,\(A\)\(n\times n\)複素行列とする.\(x\in \mathbb{C}^n\)\(A\)の固有値\(\lambda\)に対する階数\(m\)の広義固有ベクトルであるとは,\((A-\lambda I)^m x=0\), \((A-\lambda I)^{m-1} x\neq 0\)が成り立つことをいう.

\(A\)の固有値\(\lambda\)に対する広義固有ベクトル全体のなす空間を\(A\)の固有値\(\lambda\)に対する広義固有空間という.

\(\lambda\)に対する階数\(m\)の広義固有ベクトル\(x\)に対し,階数\(1,2,\ldots,m\)の広義固有ベクトルからなる列\((A-\lambda I)^{m-1}x, (A-\lambda I)^{m-2}x,\ldots,(A-\lambda I)x,x\)\(x\)によって生成されるジョルダン鎖という.

Theorem 2. \(A\)の固有値\(\lambda\)に対する広義固有ベクトル\(x_m\)によって生成されるジョルダン鎖\(x_1,x_2,\ldots,x_m\)に関する,\(A\)が定める線型変換の\(x_1,x_2,\ldots,x_m\)が張る空間への制限の行列表示は,ジョルダン細胞\(J_m(\lambda)\)である.

Proof. \[\begin{align*}
A(x_1\;x_2\;\cdots \; x_m) &=(A x_1\;A x_2\; \cdots\; A x_m) \\
=(\lambda x_1\; x_1+\lambda x_2\; x_2+\lambda x_3\;\cdots \; x_{m-1}+\lambda x_m)\\
&=(x_1\;x_2\; \cdots\; x_m)J_m(\lambda).
\end{align*}\]
 ◻

Theorem 3. \(A\)\(n\times n\)複素行列とする. \(A\)の固有値\(\lambda\)に対する階数\(m\)以下の広義固有ベクトル全体のなす空間を\(W_{m}(\lambda)=\operatorname{Ker}(A-\lambda I)^{m}\)とおいたとき,階数の増加に伴う次元の増分\(\{\dim W_m(\lambda)-\dim W_{m-1}(\lambda)\}_{m}\)は広義単調減少である.

Proof. \((A-\lambda I)x\in \operatorname{Ker}(A-\lambda I)^{m-1}\Longleftrightarrow x\in\operatorname{Ker}(A-\lambda I)^{m}\)より,線型写像: \[\begin{align*}
\operatorname{Ker}(A-\lambda I)^{m+1}/\operatorname{Ker}(A-\lambda I)^{m} \to \operatorname{Ker}(A-\lambda I)^m/\operatorname{Ker}(A-\lambda I)^{m-1} \\
& x+\operatorname{Ker}(A-\lambda I)^{m}\mapsto (A-\lambda I)x+\operatorname{Ker}(A-\lambda I)^{m-1}
\end{align*}\]
は単射である.この終域と始域の次元を比較すれば良い. ◻

Remark 1. (特定の固有値に関する)階数\(m\)以下の広義固有ベクトル全体と\(\{0\}\)の和集合は線形部分空間になるが,ちょうど階数\(m\)の広義固有ベクトル全体と\(\{0\}\)の和集合は一般には線形部分空間ではない.しかし,後で見るように,その部分集合であって線形部分空間をなすようなものがgeneralized modal matrixを考える上で重要である.

Definition 4. \(n\times n\)複素正則行列\(M\)\(n\times n\)複素行列\(A\)のgeneralized modal matrixであるとは,以下の条件が成立することである.

  1. \(M\)の列全体が線形独立な\(A\)の広義固有ベクトルからなり,いくつかのジョルダン鎖の和集合である.

  2. \(M\)の列において,同一のジョルダン鎖に属するベクトルは連続する列に現れ,鎖ごとに階数についての昇順で並ぶ.つまり,階数\(k\)の広義固有ベクトルは同じ鎖に属する階数\(k+1\)の広義固有ベクトルよりも列番号が小さい位置に現れる(\(k=1,2,3,\ldots\)).

  3. \(M\)の列において,一つのベクトルからなる任意のジョルダン鎖は\(M\)の先頭の列から連続して並ぶ.(この条件は本質的には不要である)

ジョルダン鎖の定義から,generalized modal matrixはジョルダン標準形への変換行列である.すなわち,\(M^{-1}AM\)\(A\)のジョルダン標準形になる. Generalized modal matrixの存在証明を直接的に行えば実質的にジョルダン標準形の存在証明になるが,ここではそれを省略する.逆にジョルダン標準形の存在をサイズに関する帰納法で示す(これは教科書的には標準的な流れだが,ジョルダン標準形やgeneralized modal matrixを具体的に求めるアルゴリズムとしては実用的でない)などすれば,generalized modal matrixの存在が導かれるので,存在自体は先に保証されているものとして問題ない.

Generalized modal matrixを求める際には,ジョルダン鎖の和集合で基底を作ることが目標である.広義固有ベクトルの求め方は,深い(階数が大きい)方から求める方法と浅い方から求める方法があるが,浅い方から求める方が手間が少ない.線型独立な階数\(k\)の広義固有ベクトルの組のそれぞれの元\(x_k\)に対し,\((A-\lambda I)x_{k+1}=x_k\)を自由パラメータ付きで解いて階数\(k+1\)の広義固有ベクトルを求めていけば良い.

ジョルダン標準形における一つのジョルダン細胞への変換を担うのはgeneralized modal matrixにおける一つのジョルダン鎖である.よって,ジョルダン細胞の個数はgeneralized modal matrixを構成するジョルダン鎖の本数に等しい.これを利用すれば以下のように固有値とサイズごとのジョルダン細胞の個数が求まる.ジョルダン細胞の直和がジョルダン標準形であるから,これでジョルダン標準形も求まる.証明の過程でgeneralized modal matrixを利用しているだけで,generalized modal matrixを求めなてもジョルダン標準形を求めることができる.

Theorem 5. \(A\)\(n\times n\)複素行列とする. \(A\)の固有値\(\lambda\)に対するサイズ\(m\)のジョルダン細胞の個数は \[2\dim\operatorname{Ker}(A-\lambda I)^{m}-\dim\operatorname{Ker}(A-\lambda I)^{m-1}-\dim\operatorname{Ker}(A-\lambda I)^{m+1}\] 個である.

Proof. Generalized modal matrixは一意とは限らないが,一つ固定して考える. \(\lambda\)に対するサイズ\(m\)のジョルダン細胞の個数は,generalized modal matrixに現れる\(\lambda\)に対する長さ\(m\)のジョルダン鎖の本数\(j_{m}(\lambda)\)である.一方,任意の自然数\(k\)に対し,generalized modal matrixの列における\(\lambda\)に対する階数\(k\)の(線型独立な)広義固有ベクトルの個数は,階数\(k\)以下のものの個数から階数\(k-1\)以下のものの個数を引くことで, \[\rho_{k}(\lambda)\coloneqq\dim W_{k}(\lambda)-\dim W_{k-1}(\lambda)=\operatorname{rank}(A-\lambda I)^{k-1}-\operatorname{rank}(A-\lambda I)^{k}\] 個と求まる.\(j_{m}(\lambda)\)は,generalized modal matrixの列における\(\lambda\)に対する階数\(m\)の広義固有ベクトルのうちで,\(m\)より長いジョルダン鎖に属さないものの個数,すなわち,\(\rho_{m}(\lambda)\)から,\(\lambda\)に対するある階数\(m+1\)の広義固有ベクトル\(x\)が存在して\((A-\lambda I)x\)の形に書けるものを除いた個数だから,\(j_{m}(\lambda)=\rho_{m}(\lambda)-\rho_{m+1}(\lambda)\)である. ◻

Corollary 6. \(A\)\(n\times n\)複素行列とする. \(A\)の固有値\(\lambda\)に対する広義固有空間\(W(\lambda)\)の次元は\(\lambda\)の代数的重複度に等しい.また,\(A\)の固有値\(\lambda\)に対する広義固有ベクトルの階数の最大値は\(\lambda\)に対するジョルダン細胞の最大のサイズに等しく,従って\(A\)の最小多項式の根としての\(\lambda\)の重複度にも等しい.

2 低次の場合の最小多項式を用いた簡便な求め方

以下,\(\lambda\)に関するジョルダン細胞(ジョルダンブロック)を\(\lambda\)-細胞と呼ぶ.

Theorem 7. \(n\times n\)複素行列\(A\)のジョルダン標準形を\(J\)とし,\(\lambda\)\(A\)の固有値の一つとする.このとき,以下が成り立つ.

  1. \(J\)の対角成分に並ぶ\(\lambda\)の個数は\(\lambda\)の代数的重複度に等しい.

  2. \(J\)の中に現れる\(\lambda\)-細胞の個数は,\(\lambda\)の幾何的重複度,すなわち固有空間の次元\(\dim\operatorname{Ker}(A-\lambda I)\)に等しい.

  3. \(J\)における\(\lambda\)-細胞の最大サイズは,\(A\)の最小多項式の根としての\(\lambda\)の重複度に等しい.すなわち,\(A\)の最小多項式を\((x-\lambda_1)^{m_1}(x-\lambda_2)^{m_2}\cdots (x-\lambda_k)^{m_k}\) (\(\lambda_1,\lambda_2,\ldots,\lambda_k\)は相異なる\(A\)の固有値)としたとき,\(J\)の中に現れる\(\lambda_j\)-細胞(\(j\in \{1,2,\ldots,k\}\))のサイズのうち最も大きいものは冪指数\(m_j\)に等しい.

6次以下の任意の複素正方行列のジョルダン標準形は,これら3つの事実を用いるだけで求めることができる.これは固有値とジョルダン細胞のサイズごとの個数の組み合わせを全て列挙することで確認できる.一方,7次以上だと固有多項式・最小多項式・各固有空間の次元の情報だけからはジョルダン標準形を一意に求めることができない場合がある.実際,\(J_\ell (\lambda)\)をサイズ\(\ell\)\(\lambda\)-細胞としたとき,\(J_{3}(\lambda)\oplus J_{2}(\lambda)\oplus J_{2}(\lambda)\)\(J_{3}(\lambda)\oplus J_{3}(\lambda)\oplus J_{1}(\lambda)\)は共に固有多項式が\((x-\lambda)^7\), 最小多項式が\((x-\lambda)^3\), 唯一の固有値\(\lambda\)に対する固有空間の次元は3となり全て一致するが,ジョルダン標準形はそれぞれ自分自身となり互いに一致しない.

また,3次以下の複素正方行列については固有多項式と最小多項式だけでジョルダン標準形が一意に定まるため,ジョルダン標準形を求めるためにわざわざ各固有値に対する固有空間の次元まで計算する必要はない.具体的には以下の6パターンのみである.

ジョルダン標準形 固有多項式 最小多項式
(A) \(J_1(\lambda_1)\oplus J_1(\lambda_1)\oplus J_1(\lambda_1)\) \((x-\lambda_1)^3\) \((x-\lambda_1)\)
(B) \(J_2(\lambda_1)\oplus J_1(\lambda_1)\) \((x-\lambda_1)^3\) \((x-\lambda_1)^2\)
(C) \(J_3(\lambda_1)\) \((x-\lambda_1)^3\) \((x-\lambda_1)^3\)
(D) \(J_1(\lambda_1)\oplus J_1(\lambda_1)\oplus J_1(\lambda_2)\) \((x-\lambda_1)^2 (x-\lambda_2)\) \((x-\lambda_1) (x-\lambda_2)\)
(E) \(J_2(\lambda_1)\oplus J_1(\lambda_2)\) \((x-\lambda_1)^2 (x-\lambda_2)\) \((x-\lambda_1)^2 (x-\lambda_2)\)
(F) \(J_1(\lambda_1)\oplus J_1(\lambda_2)\oplus J_1(\lambda_3)\) \((x-\lambda_1)(x-\lambda_2)(x-\lambda_3)\) \((x-\lambda_1)(x-\lambda_2)(x-\lambda_3)\)

最小多項式の候補は固有多項式の形だけからでもかなり絞ることができる.固有値が1つの場合は(A)であれば一目で分かるので実質\(A-\lambda_1 I\)を2乗して\(O\)になるかならないか(なれば(B), ならなければ(C))のみで判定でき,固有値が2つの場合は\((A-\lambda_1 I)(A-\lambda_2 I)=O\)かどうかのみで判定できる.固有値が3つの場合はその時点で対角化可能なパターン(F)に決まる.対角化可能とはジョルダン標準形が対角行列になることだから,3次以下であれば対角化可能性の判定問題で定石と見做されることが多いランク(各固有値\(\lambda\)に対する\(\operatorname{rank}(A-\lambda I)\))の計算を最小多項式の形の判定で代用することができる.

しかし,4次以上だと固有多項式と最小多項式だけでジョルダン標準形が求まるとは限らない.実際,\(J_2(\lambda)\oplus J_2(\lambda)\)\(J_2(\lambda)\oplus J_1(\lambda)\oplus J_1(\lambda)\)は共に最小多項式が\((x-\lambda)^2\)だが,ジョルダン標準形はそれぞれ自分自身であり互いに一致しない.\(\lambda\)に対する固有空間の次元を求めて,前者の場合2,後者の場合3である(そしてこれが細胞の個数になる)ことを考慮して初めてジョルダン標準形の違いが判明する.

また,ジョルダン標準形だけではなく変換行列(generalized modal matrix)も求める必要がある場合は,固有多項式や最小多項式の情報だけではどうすることもできず,前節のような広義固有ベクトルに関する計算などが必要である.